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トリチウム迅速検査 | 産地判別検査の同位体研究所

トリチウム迅速検査

トリチウムの測定の課題

何故簡単にトリチウムは測定できないのか。

放射性ヨウ素やセシウムなど、ほとんどの放射性物質は壊変の際にγ線を放出します。
このγ線は、それぞれの物質毎に固有のエネルギーを有する為に、γ線のエネルギースペクトルを測定する事で、どのような核種かを特定できます。
しかし、トリチウムは、放射性ストロンチウムと同様にγ線を放出せずβ線を放出します。
β線は固有のエネルギーを持たないため、その測定は非常に困難です。 特に有機体に結合したトリチウムを測定する場合、燃焼した燃焼水を測定する、環境水の場合は、不純物を除去した上で、濃縮して測定するなど、形態によりトリチウムの単離方法は異なり、かつ非常に多段階のステップを要します。 通常、環境試料の精密分析を行う場合は、数週間を要する事を普通です。

さらに測定においては、液体シンチレーションカウンターという測定装置が必要となります。 この装置は、「有機溶媒に蛍光物質を溶解したシンチレーター」という液体に、測定対象となる検体を混ぜると、検体中の放射線により蛍光が発する事から、この蛍光を測定する事で放射線量を計測します。 トリチウムの他には、化石の年代測定などにも利用される放射性炭素の測定にも使用されます。 このように同じβ線の測定でも、固形状態での測定が可能な放射性ストロンチウムとトリチウムは、測定に使用する装置も異なります。 

さらに、上記のように、非常に測定が困難なトリチウムは、残留基準としても原子力発電所よりの排水基準等があるものの、食品については、明確な基準はありません。 飲料水の基準としては、米国の連邦基準が740Bq/L、欧州(ヨーロッパ連合)が100Bq/Lと定めている他は、明確に設定はありません。

このような状況において、福島原子力発電所よりの処理水放出に対して、海水のトリチウム含有量のモニタリング、そして周辺で採取された魚のトリチウム含有量の検査が実施されています。 この場合、上記の精密分析法を用いた場合は、魚の体内に含まれる水分(遊離水)中のトリチウムを測定するだけでも、1週間程度を要します。 これでは、鮮魚の流通に対応は困難です。 この為、魚・水産物体内の遊離水(体内に存在する水分)を回収する方法として、電磁波過熱により体内の水分を気化させ、その上で気化した水分を回収する事で、不純物の少ない回収水を得る方法が用いられています。 この方法は迅速法と呼ばれ、液体シンチレーターでの測定についても、欧州の飲料水基準の100Bq/Lを指標として、検出下限値を設定する事で、測定時間も短縮でき、概ね数時間での測定完了となります。 

このような迅速法による検査は、魚・水産物等の内部に含まれる水(当然この体内の水は、外部よりトリチウムを含有する水を魚等が体内に取り込んだ場合、体内の水分にトリチウムが含まれる事になる)を測定する事で、魚・水産物等が福島原子力発電所よりの処理水放出による影響を受けていない(つまり、高濃度のトリチウムを含む処理水が周辺の水産物等に取り込まれていない)事を示す訳です。

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迅速法では、どの程度の測定が可能なのか?

迅速法による分析では、測定の対象は、検体(魚、水産物、その他食品等)から回収した遊離水(内部に含まれる水分)となります。 液体シンチレータによる測定の場合、トリチウムより放出される放射線により生じる蛍光を測定する訳ですが、その検出下限値は、より長時間の測定を実施する程、低くなります。 (放射性セシウムの測定において、ゲルマニウム検出器でより長時間の測定を行う事で、より低い検出下限値を得るのと同じです)

例えば検出下限を30Bq/Lとするならば、測定時間は10分程度、一方、より低い10Bq/Lとなると、何時間かの測定を要します。 仮に残留基準を100Bq/Lとすると、測定時において検出下限として、求められるのは、10Bq/Lとなりますから、検体から内部の水分を不純物の混入がない状態で回収を行い、その上で、液体シンチレーターでの測定を行うとした場合は、検査には数時間を要する事になります。 

検出下限を30Bq/Lとした場合は、測定時間は、数十分で完了しますから、全部の測定を完了するには、最短で2時間程度で可能という事になります。 ただし、検体を処理して、内部水の回収を行う上では、他の検体の接触を防ぎ、かつ実験器具等への付着による交差汚染を防止するなどの手順を踏む必要がありますから、実際には、やはり3時間程度は要する事になります。

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何故検査を行うのか。

国による福島原子力発電所周辺での処理水放出による影響調査は、多数の地点かつ高い頻度で実施されています。 このようなモニタリング体制は、トリチウムを含む処理水の放出による環境への影響をモニタリングする上で、合理的・科学的なものであり、本来その科学的データを踏まえて、食品への影響については、無視できる水準にあると判断されています。 

しかしながら、今回の中国による日本産水産物の全面禁輸とは、科学的合理性ではなく、「放射性物質を海洋放出するのであるから、一旦環境に放出された放射性物質・トリチウムはどこに紛れ込んでくるのか分からない。 さらには、生体が例えばセシウムを体内で濃縮するように、水産物中でトリチウムが濃縮されるのではないか」などと、「ありそうに聞こえるが、実際はありえない」事項であっても、容易に大規模なパニック的反応を引き起こす事です。 そして一旦消費者(たとえ海外の消費者であっても)が、「不安だ」と感じ始めれば、その不安要素を増幅する事も容易に発生します。 このような安全か安心かという議論は、人々の生活する上での感情にも深く根ざしており、科学的説明だけでは簡単に拭えないものです。

日本での福島原子力発電所での事故を受け、広範囲に飛散した放射性セシウムは、東北産の農産物等に大きな風評を与えました。 このため例えば米の全量検査というような、大規模な信頼性担保の為の対応が実施され、実際に市場での消費者に対して「放射性物質の残留はない」という安心を具体的な検査結果で伝える事ができました。 放射性セシウムとトリチウムでは、検査の容易さ・迅速性という点から、まったく比較できず、どうしてもトリチウム測定は、より困難なものとなります。 全国に普及した放射性セシウム測定の為のγ線測定装置(ゲルマニウム半導体検出器等)も、残念ながらトリチウムの測定には使用できません。 このため新たな測定装置が必要となる事も、大規模な測定を新に構築する上では、大きな障害となります。

このような状況において、それでは何故検査を行うかとい事を検討する場合、その理由は、「トリチウムが残留しない事を示す」為となります。 漠然として「海が汚染されているのでは?」「水産物や食品がトリチウムを含むのでは?」というような指摘は、科学的にはあり得ないと説明ができるかもしれません。 しかし、毎日の生活を営む消費者にとっては、β線やγ線、放射性物質の除去や、放出さた処理水の希釈などは、容易に理解は困難です。 それ故に、水産物の体内や食品中、水にトリチウムが検出されない事がわかれば、明確な不安への回答となります。 消費者が求めるのは、「不安」への明確な回答であり、トリチウムの検査は、「実際に検出されない」事を明確に示すものです。 実際の検査においては、放射性セシウムのような大規模・多検体の検査は現実的ではありません。 検査結果を提供する相手や目的を踏まえて、適切な検体を選ぶのが良いでしょう。